あの神社の名前もわからないし、きっともう行くことはない

あの神社の名前もわからないし、きっともう行くことはない

彼との出会いは大学時代で、彼は2学年上の先輩。サークルで知り合い、そんなに可愛くはない私の全開の笑顔を見て「好き」だと言ってくれた。

 

 

 

付き合って3年が過ぎた頃、彼は九州へ転勤になってしまったのだけど、結婚するつもりでいたので別れる気は全くなく遠距離恋愛になってしまった。

 

 

 

 

ちょうどその頃の私は新入社員で終電で帰宅する毎日。彼との電話は週末のみになってしまった。それまで一緒に住んでいたのに。どんなに生活時間がずれても、一緒に寝ることだけはできたのに。それもできず、長電話を嫌がる彼とは10分も話さないで切らなければならず、どんどん気持ちが追い詰められて自信を失ってしまった。

 

 

 

 

2〜3ヶ月に1度は九州まで会いに行った私。どんどん博多弁になり、少しづつ距離を感じてしまう。彼にはそんな気は全くなく、自分の一番のお気に入りの場所だと言って、海の見える神社に連れて行ってくれた。本当に綺麗な景色で、誇らしそうに笑ってる彼の顔を見たら不安な気持ちも一気に消えていく感じがした。

 

 

 

 

でも遠距離恋愛も3年目に突入すると、彼も私が会いにいくことを喜ばない、と感じてしまった。後日談では彼は結婚資金を貯めたいと考えていたようで、私が飛行機で会いに来るために出費がかさむことを気にしていたのだとか。そんな事、言ってくれなきゃ分からいって。

 

 

 

私は次に会いに行ったら「別れる」と告げようと決めていた。散々楽しい時間を過ごし、またいつものように神社に連れて行ってくれた彼に「もう無理だよ」と告げた。彼は「考え直せ」と言っていたけど、その言葉を信じる余力がもう残っていなかった。

 

 

 

大好きだったなーって今でも思う。でも、あの時の自分には精一杯やった感がある。あの神社にはもう行くことはないけど、景色だけは心に残ってる。

 

 

借金返済には種類があって、費用も踏まえて弁護士に相談するべきだし。

 

 

 

 

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時代が流れていくと遺品整理という言葉が出来た。昔は皆自分たちで掃除をしたものだね。

 

 

姪が大学受験をするに際し、志望動機書なるものを大学側から求められたそうです。

 

 

彼女の話では、これは学生を採る際に、非常に重要な選定基準になる書類だそうです。書き方如何によっては、自身の将来に関わって来るとのことでした。我が家では、この書の書き方を巡って、一家で大騒ぎをしました。

 

 

 

姪の書いた志望動機書を一言で要約するならば、「社会学を学びたい」ということになります。

 

 

 

果たして社会学とは何であるか、私も知りません。私が姪に尋ねたところ、当の本人も、「社会学」の定義を全く知りませんでした。

 

 

 

 

 

姪の言わんとするのは、知らないからこそ、大学へ行って学ぶのだそうです。姪は、将来、ジャーナリストを志望しているようで、その為に社会学が必要なのだと主張しています。現在時において、自分の最大の関心事が、社会学の範疇に入るとのことだそうです。

 

 

 

大学の教官は、没個性的な学生を入学させるより、個性的で探究心の強い学生の方を好むと、私は自身の経験上から知っています。

 

 

 

まさに、今この瞬間、彼女が何に対して関心を抱いているのかが重要であり、それを志望動機書に具体的に書くべきだと、私は話しました。

 

 

姪の頭の中では、「ジャーナリズム=社会学」の単眼的な図式が出来上がっており、これも教育と報道の弊害であるように私には感じられました。

 

 

 

 

着眼点は悪くはありません。ただ、私は姪を甘やかすつもりは無いので、それ以上、さとすことや、敢えて訊き糺すことはしませんでした。正確な報道には、高い価値が与えられるべきです。そして、それは稀少であり、自力で見出していくべき性質のものです。

 

 

 

自分の力で考えなさいとだけ、私は姪に話しました。私は思います。社会学を学ばずとも、真に価値ある情報を汲み上げる方法は、いくらでもあるはずだと。

 

 

 

 

海外の某人権団体のレポートを読み、多少は海外の事情を知ることが私にも出来ました。

 

 

 

但し、鵜呑みにする必要もありません。私が暫く黙っていると、そんな姪の口から意外な言葉が漏れました。

 

 

 

自分の関心事は「コンゴ問題」だと。海外のニュース記事を丹念に掘り起こさない限り、コンゴ問題は、日本に住む以上、絶対に分かるはずがありません。

 

 

 

 

日本の教育施設で、この内戦に関して研究している機関は皆無であることも、同時に私は知っています。

 

 

数百万の人命が損なわれた、コンゴ民主共和国の内戦は、人類史上、最も痛ましい惨劇と言ってもよいほどです。

 

 

 

 

多数の子供達が兵士として駆り出され、そしてまた慰安婦として陵辱され、殺戮されていったのです。

 

 

 

コンゴ問題は、インターネットを使っても、検索キーワードの上位には、絶対に出て来ない言葉です。

 

 

 

一体、どこでコンゴ問題を知ったのだろう?そうした疑問が、私の胸に浮かびましたが、肉を食べる際、屠殺行為を具体的に想像する必要が無いのと同じく、自分の姪に、敢えて残酷な事実を直視させたくない。

 

 

世界中の借金問題も勉強していきたい。

 

 

 

私は、そう考え、自分の知っている事実は、それ以上、何も告げませんでした。

 

 

 

でも、それが間違いであることも、私は同時に分かっています。

 

 

 

 

原爆の記憶を、封印することが不可能なのと同じく、コンゴを知った以上、彼女は勇気を持って事実と向き合っていくしかない。謂わば、パンドラの箱を開けてしまったわけで、姪の将来が気掛かりですが、背伸びをしてみたい年頃だと割り切って、私は自室に戻りました。